イランと偽造テレホンカードの思い出

雑記
OpenClipart-Vectors / Pixabay

少し前に見た「未来世紀ジパング」という番組の特集がイランでした。

その中で、バブル時代に観光ビザを解放した日本にイラン人が大量に滞在したという話が披露され、バブルの時期の建設現場を支えたのはイラン人である、という話がありました。

また、映像では代々木公園と上野公園にイラン人が多くいる映像が放映されていました。

その頃の時代で思い出すのは、上野公園やアメ横で偽造テレホンカードを売るイラン人の姿です。

今日は、ふとそんな思い出話をしたいと思います。

公衆電話とテレホンカードの時代

今ではスマホが当たり前になりましたが、その当時はテレホンカードを使って公衆電話から電話を掛けていました。

市内で3分10円、あとは距離に応じて通話料金が上がり、公衆電話に表示されるカウンターがどんどん減っていくのを眺めながら女の子と話していたものです。

少しでも安い金額で長い時間を話したい。

それは誰もが願うこと。

当時のテレホンカードはセキュリティも甘い簡単な磁気カード。

その仕組みは正確には把握していませんが、通常は使用済みテレホンカードには穴が空きますが、それをテーピングテープのようなもので穴を塞ぐとほぼ無制限でテレホンカードが使えるというのです。

謎のテレホンカード販売屋さん

その怪しさ満点の偽造テレホンカードを販売しているのが上野公園近辺にいるイラン人でした。

「テレホンカードあるよ~、10枚千円だよ~」

100m歩くと確実にそう声を掛けられる時代でした。実際にテレホンカードを買った人に話を聞くと、無制限と言うことはないけど使えるものもあった。ただ、大半はただのゴミであった。

とのこと。

いくらバブル時代の建設現場をイラン人が支えたと報道されても、偽造テレホンカードをひたすら販売しまくった人たちというイメージが消えないのです。

もちろん、わたしが勝手にイラン人だと決めつけている可能性も否定できないが、あのとき、無駄に上野やアメ横に今とは比較にならないくらいアラブ系の人がいた事実から目を背けてはいけない。

もちろん、その後、NTTも対策を講じてICテレホンカードになったりしましたが、最終的には携帯電話やスマホに取って代わり、公衆電話とテレホンカードは緊急時にのみ使う電話となりました。

もうすっかりイラン人を上野公園で見かけることはなくなりましたが、イラン人の話が出るとふと思い出すのでした。

そして、イランとの繋がりと言えば「海賊とよばれた男」で有名になった出光石油の出光佐三さんです。

あの小説は、かつての日本にこんなことを考えた人がいたのかと、その器の大きさと先見性に圧倒されたものです。

イランの人たちは、まだ恩義に感じているとのことでしたが、あれだけ偽造テレホンカードを販売していた人に言われるのもなー、と感じたのでした。