読書「北条早雲 疾風怒濤編」富樫倫太郎

長かった北条早雲シリーズも5巻目にしてついに完結。

三浦半島平定から北条早雲が亡くなるまで、駆け抜けるように過ぎた最後の数年間。

見どころは三浦氏との最後の戦い。夜戦をして、調略を使って情報を得て、籠城戦を挑む。最後は三浦氏が滅ぶことによって相模から三浦半島までを北条早雲が治めることに。

年齢を重ねるに連れ、円熟味を出してその治世や戦争時の軍配についてもますます冴えを見せるように。

他人の領地を攻めるのは、自分が治めることによってそこに住む民が幸せになるからだ、と言い聞かせながら止まることはない。

籠城戦を仕掛けるのは、ある意味で相手は凄惨な現場となることは分かりつつ、さらに、相手の血族は根絶やしにすることで相手側から恐れられつつも嫌われることを覚悟して挑む。

そして晩年は風魔小太郎を見出し、育て、次の世代へと。ここで「早雲の軍配者」シリーズに繋がっていく。

北条早雲は戦国三大梟雄の一人に数えられているのだけど、本書の早雲像ではとてもそうは見えない。

梟雄の定義次第なのだろうけど、堀越公方を殺害したという事実が重いのであればその通りなのだけど、下剋上というか成り上がり的な人を称えているのであれば、少し違うのではなかろうか。

そもそも、その時代に伊勢家という名字を持ち、幕府に仕えることができている時点で無名の人ではない。

一代で相模、小田原、三浦半島を治めたのは人徳や軍配者として極めて優秀であったことは間違いないが、なにか少しイメージが違う。

その「何か少し違う」と思わせたのは富樫倫太郎の本書のせいだと思う。

いまだ謎の多い北条早雲(伊勢新九郎)を戦上手でありながらも為政者であり、いつも民のことを考えて政治を行い、結果として領土を拡大することが最適であるという新しい北条早雲像を描いている。

この北条早雲像が好きか嫌いかは人によって違うだろうけど、個人的にはあまり好きではない人物像である。が、何が正しくて何が間違っているかは、これから新しい史料が見つかったときに考えればいい。

少なくとも現代の小田原城を訪問してみると、最も近い場所だけ堀が残されているが、最盛期は街自体が城壁になっていて迷いやすかったと聞き、「ああ、これは攻めるの大変だ」という感想しか持てなかった。

その基礎を気付いたのが北条早雲である、ということを知ると、小田原城に行ったときも楽しくなるものである。

久しぶりに軍配者シリーズを読んでみようかな、そんな気持ちになった。