読書「私の本の空白は」近藤史恵

「私の本」とは自分自身を形作ってきた物語。

「空白」とはその中でポッカリ抜け落ちた部分。つまり、消えてしまった記憶。

主人公の三笠南は気がつくと病院のベッドの上だった。ここがどこなのか、自分自身が誰なのかも思い出せない。いわゆる記憶喪失になってしまった状態からスタート。

夫、夫の姉、夫の母、妹、夢に出てくる美しい男性。

誰もが何かを隠しているのに、それが何だか分からない。

少しずつ糸を手繰り寄せるように辿り着いた記憶は自分自身が望んでいたものなのか、それとも違ったものなのか。

 

少しずつ違和感が明らかになっていくところは、大好きな「サクリファイス」のようなちょっとしたミステリーが含まれていた。

記憶をなくしてから感じていた結婚生活に対する疑問も徐々に明らかになっていく。

読んでいると途中から「あれ?これ、ひょっとして」と気付くキッカケになる部分はいくつかある。

が、現実にこんなことがあり得るのか、と言われると、普通は気付くだろうと思うのだけど、どうだろう。親に挨拶に行くだろうし、戸籍謄本を取り寄せたりするんじゃないかと考えたが、自分のことを思い出すと婚姻届のときに本人確認書類なんて提示しなかった。

いや、そもそも二人が一緒じゃなくても婚姻届は提出可能。ということは、今回のトリックは本当に実現可能なのかもしれない。

でも、こんなの、自分がそんな立場になったらイヤだなー。もう逃げ出したい。

 

もし自分に記憶がなくなったとしても、「好き」とか「ここが自分の場所」みたいな直感や本能みたいなものは残るのだろうか。

主人公の三笠南は夫であるはずの男に対して直感的になにか違う、本当にこの人は夫で、夜の生活を過ごしていたのだろうか疑問に思い始める。

記憶がなくなったとしても本能が覚えている、本能は変わらない、ということなのだろう。

だとすると自分も記憶をなくして、もう一回、今の妻や昔の彼女に会ってみたい。そのとき、果たしてどう反応するのだろうか。

R帝国」では記憶をなくといわれた薬を飲まされた男が、国家政策として昔の彼女と結婚させられた。そこでは「本当は愛してなかった」ことが結婚してから分かった男がいた。実は記憶をなくしておらず、すべてを覚えていたのが、昔の彼女に振られた記憶が強かったために自分の好みの女がそうであると思いこんでいたのだろう。

だとすると、一度記憶をなくしてみるというのも面白いのかもしれない。もちろん、全部思い出せるという前提のもとだけど。

 

今回も近藤史恵さんらしい、終盤に向かって謎解きというか背景に隠れた事実が明らかになっていく過程が楽しかった。