読書「羊と鋼の森」宮下奈都

タイトルだけでどのような話なのか想像がついた人は、きっと幼い頃から音楽の英才教育を受けてきた人ではないだろうか。

羊とは羊毛、鋼とは鋼線。

この2つから構成されるもの。それはピアノ。ピアノはフタを開けると羊毛と鋼線によって支配、コントロールされ、深い音楽の森に誘う楽器なのである。

この小説は、そんなピアノに魅せられて演奏者ではなく調律師を目指した若者の物語。

わたし自身、幼い頃、ピアノを習っていた。自分でやりたいと言いだした訳ではなく、親がやれと言ったから音楽教室に通っていた。

姉妹も通っていたはずなのだが、気が付いたら私だけが続けていた。いま思い出すのは、言われたことはそれなりに出来て、上手に弾けたことが楽しかったという甘い記憶。

当然、田舎の一軒家に住んでいた時代には家にピアノが置いてあり、定期的に調律師が来ていた。

そのとき、この人は一体何をしているんだろう、と子供心に思いながら、調律師が調律してくれた後は、確かにピアノが引きやすくなっていて音も少し変わった、というか正しい音を出すようになっていた。

調律師の仕事は魔法のようだった。そんな昔の記憶を軽く呼び戻す程度には調律師がどのような仕事をしていたのか知っている。

物語は主人公が高校でピアノを調律するシーンに出会ったことから調律師として弟子入りして成長する過程の物語。

調律師事務所の先輩や仲間、調律先ピアノの持ち主、といったピアノを愛する人たちと出会いながら自分の境遇や目指すべき姿を少しずつ模索していく。

途中、天才的な才能を持ちながらも努力することを怠らない姉妹に出会う。姉妹のどちらも素晴らしいのだが、個性の差はある。しかし、自分の才能の限界に気付く日がいつか来る。

そんなシーンを目にしながらも、自分は一体何者なのか、何を目指していくのか、悩み傷付き周りを見ながら少しずつ進んでいく。

調律師という表舞台に出ることが少ない職業でありながら、ピアノが存在する以上は絶対に欠かせない人達。でも、昔よりピアノを置いている家庭は減り、どちらかというと斜陽産業。場所とメンテナンスが必要なピアノより気軽なシンセサイザーなどを選ぶ人も多いでしょう。

でも、アナログだからこそ出る音、アナログだからこそ人間の繊細な調整が必要になる楽器、それがピアノであり調律師が存在しないと成立しない世界なのである。

しかも、アナログの世界だから起こり得るのだが、「誰が」調律するかで音が変わる。基本技術は一緒のはずのに、なぜか結果が変わる。そういう世界なのである。だから人気の調律師とそうではない調律師が生まれる。実力の世界なのだ。

そんな調律師の世界で少しずつ成長していく青年の姿は美しく、少し儚い。でも、一つのことに夢中になれる世界に人生を投じることができる青年を羨ましく思ったり。自分が好きなものに関わって仕事ができるというのは本当に幸せなのかもしれない。

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