読書「NORTH 北へ―アパラチアン・トレイルを踏破して見つけた僕の道」スコット・ジュレク

トレイルランニング界の生ける伝説、スコットジュレクが挑んだ北米最長のトレイル、アパラチアン・トレイルの挑戦記。

スコット・ジュレクの名前を初めて知ったのは、恥ずかしながらトレイルランを始めてしばらくしてから。多分雑誌の片隅で見かけて世の中にはすごい変態がいるものだと感想を抱いたことから。

その後、鏑木さんがUTMBの後半でスコットジュレクをぶち抜くのを見て心が震えたことを思い出す。

生ける伝説的トレイルランナーのスコットジュレクも40歳になり、現役としてはやや辛いお年頃を迎えることに。誰も年齢による衰えを隠せないのだが、スコットジュレクはそこで100マイルレースではなく、北米最長で未だに走ったことがないアパラチアントレイルの最短記録に挑戦することを思いつく。

レースではないので、GPSトラッカーによってある意味世界中の人たちから応援もありながら監視されている状況での記録狙い。しかも、通常は北から南に向かうのが記録更新のセオリーでありながら、あえて南から北を目指すことに。その理由は「北に向かい春を感じたいから」というおよそ記録を狙っていると思えない発想なのである。

しかも、直前になっても練習もしないし準備もしない。サポート役の妻の気持ちを知ってか知らぬかコース攻略方法も考えずに気楽に挑むスコットジュレク。

そのバチが当たったのか?序盤に腸頸靭帯炎を発症。そして、腸頸靭帯炎をかばって走ったため反対側の足の太ももが肉離れ。普通の人間であればここでリタイアだろう。腸頸靭帯炎も肉離れも経験したから分かる。あれは我慢してどうなるものではない。我慢すればするほど痛みが増して治癒が遅くなるタイプの怪我である。ましてや腸頸靭帯炎は下りのときにその姿を現す。とてもではないが走れる状態ではない。安静にしておく以外に即効性の治療がないはずなのである。

しかし、スコットジュレクはその状態でも毎日走る。いや、もちろん耐え難い痛みがあったのだろうが、気が付いたら腸頸靭帯炎も肉離れも走りながら治癒している。そんなことが実際にあるのだろうか。いや、実際にやってのけた人がいるのだから、治るのだろう。こんなところで嘘をつくような人でないはず。

この手記を通して感じるのは、スコットジュレクのような生きる伝説のトレイルランナーでもやっぱり同じ人間なんだということ。

アパラチアン・トレイルのルートは本当に険しく、YouTubeの動画を少し見るだけでもゾッとする。

強気に出るときもあれば、弱気になってしまうこともある。100マイルレースではトップでゴール後に最終ランナーがゴールするまでゴール地点で待ってハグで迎え入れるような人でもおかしくなる。話しかけてくれた人に傲岸不遜にキレてしまうこともある。

雲上人がそんな人間的な、あまりにも人間的な心理を赤裸々に書いている。しかも、一時期は精神も限界を超えてほとんど覚えていない状態になったにも係わらずである。

スコットジュレクも人の子だ。と思える描写なのだが、そこに輪を掛けて男が好きそうな物語がある。それは、普段のライバルたちが仕事を放り出して駆け付けてきて様々な視点から助けるシーンである。普段のレースではライバルでも、一歩外に出れば友人。まるでキン肉マンや男塾のように戦った相手がどんどん仲間になっていくのを見ているかのようである。

本人も一人では決してたどり着けなかったであろう。サポートしてくれた友人や見ず知らずの人のお陰である、と彼も深く感謝している。

人は4000kmに渡るトレイルコースを毎日80km近く走り続けて完走できるのである。

「人は走るために生まれた」とは「Born to Run」で表現された人間の意味。最も原始的なトレイルであるアパラチアン・トレイルを走破することで、人間が何ができるのか、そして、そこに身を置くことで肉体的にも精神的にも成長することができるのである。

いま、目の前にあることだけに集中する

これが生きていく上で最も大切なことなのかもしれない。ロング・トレイルへの道へ。進んでみたいものである。

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