読書「R帝国」に日本の姿を透かし見る

「R帝国」を読みました。著者の前作「教団X」とタイトルが似ているので続編か何かかと思いましたが、まったく別の作品でした。「教団X」のような性的な描写はほとんどないので、安心して読めました。

R帝国
中村 文則

架空の国、R帝国はテクノロジーが進化した民主主義を謳いながらも実態は「党」が支配する一党独裁の全体主義国家。

隣国であるY宗国が突然攻めて来て、戦争が始まる。

しかし、この戦争は何か変だ。二人の男が別々の角度から動き出す。

国は何を企んでいるのか、そして、そこに抵抗する手段はあるのか。地下組織が動き出し、国家の真実を暴露するとき、歴史は動くのか。

しかし、最後に待っていたのは絶望。これは救いがない。

国が今までやってきたことをネットに暴露しても信じる者がいない。もちろん、それまでに「党」がたくみに情報操作を行い、バカを生産し続けてきた成果である。みな、自らに都合が良い物語のみを受け入れるのである。真実であったとしても受け入れがたい物語であれば創作だと認識して逆に攻撃することで、真実を自ら潰してしまう。

ここに情報というものの怖さがある。正しいかどうかではなく、自らが信じたいものだけを信じる。「人は見たいものだけを見る」と喝破したのはローマ帝国のカエサルだったろうか。人間の本質とは、そう簡単に変わらないものか。

そして、どう読んでもR帝国のモデルは日本。

民主主義でありながら全体主義に近い部分もあり、誰もがスマホに夢中になり、ネットを使って他人の悪口を書き、SNSでは承認欲求ばかりが前面に押し出され、常に自分より下を見てヘイトスピーチを吐き溜飲を下げる。

で、これが国の政策で「いかに国民をバカにするか」を実行していただけというから、恐ろしいとおもいながらも馬鹿にできない未来である。

自分で考えることを放棄してしまっては、人間が人間であることを辞めてしまうことに近いのではないか。自分自身を振り返り、深く考えることを取り戻さなくてはならない。

ひょっとしたら、こんなディストピア社会が待っているのかもしれない。でも、そこに暮らしている人は不幸だと思うこともなく人生を終わらせていく。果たして人間にとっての幸せとはなんだろうか。そんなことをふと考えてしまう一冊であった。

R帝国
中村 文則