映画「聖の青春」の感想

Amazon Primeで映画「聖の青春」を鑑賞。

実在したプロ棋士、村山聖の半生を描いた物語。3月のライオンでは二階堂のモデルになっているとも言われている。

29歳という若さで亡くなった当時は八段。あの羽生さんとの対戦成績は6勝8敗。病気がなければひょっとしたら勝率は違ったかもしれない、という伝説の棋士である。

結論から言うと残念だった。将棋も好きで原作を読んでいると物足りなさが残ってしまった。

映画では、幼少期のころから病気に苦しんでいた描写がほとんどなく、気が付いたら大人でプロになって師匠の世話になっていた。

なぜあそこまで荒んだ生活を送っていたのか、なぜ酒に溺れたのか、なぜ髪と爪を切らずに伸ばしていたのか。それは彼の幼少期からの死生観が大きく関わっているはずなのである。

しかし、映像だけ見ても説明がないので何も伝わってこない。羽生さんとの試合の前に髪と爪を切ったのは大きな決意だったのに、それも読み取れない。

奨励会時代から東の羽生、西の村山と呼ばれ、「終盤は村山に聞け」と言われるほど詰めが得意だった村山。

その村山がなぜ映画のクライマックスである羽生戦で、観戦者がみんな分かっていた詰めを誤ったのか。

原作を読んでいた者であれば分かるのだけど、映画は原作を読んでない人も観るはずである。その人たちに対する説明がなさすぎるし、あのままでは村山はただの我儘で勝負弱い人になってしまう。

ただ、この映画の素晴らしいところは、松山ケンイチと東出昌大の怪演とも呼ぶべき姿だろう。

最初、松山ケンイチが演じているとは気付かなかったほどである。この役のために身体を作り、髪を伸ばしてきたのだという。さすがプロである。

その松山ケンイチは、村山のあの少し恥ずかしそうにはにかむ笑顔を見事に演じている。

そして羽生さんは仕草も含めて、本当にこういう会話とか動きをしたんじゃないかと思うくらい、雰囲気が出ていた。

だからこそ残念だった。何らかの理由で時間が短く、すべてを収められなかったのかもしれない。将棋をするためにだけ人生を駆け抜けた伝説の騎士、村山聖の人生を語るには短すぎたのかもしれない。

本作を観て村山聖に興味を持った人には、ぜひ原作を読んでほしいものである。そこには、映画で読み取れなかった村山聖の生き様が書かれている。

これほど将棋を愛したけれど、神様に救われなかった人もいないのかもしれない。自分でも読み直したくなった。

 

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