文武両道について思うこと、実際にいる?その境界線は?

paulbr75 / Pixabay

甲子園出場校である下関国際高校の監督の言葉が波紋を呼んでいる。

「文武両道あり得ない」下関国際・坂原監督が野球論語る|野球|スポーツ|日刊ゲンダイDIGITAL
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/sports/211366

まあ、掲載しているのがゲンダイなので、どこまで本当に監督が語ったのか、また話の展開もこの通りだったのか、抜け漏れはないのか、など加味して考える必要がありそう。

 

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一流の線引きはどこか

そもそも一流とはどのレベルのことを指しているのか記事内に定義がないのが気になる。

野球で言えば甲子園出場、つまり、各スポーツで全国大会に出ていれば一流、ということなのでしょうか。

残念ながら下関国際高校は全国優勝の経験がないので、仮に自分達を「一流」とするのであれば県優勝レベルで良いということになります。あるいはもう少し幅を広げる県ベスト4か

勉強で言えば東大、京大を初めとする旧帝国大学でしょうか。もう少し幅を広げると、一橋、東工大、早慶上位学部あたりまでか。

 

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文武両道の人は実在するのか

仮に一流の線引きを上記の通りとした場合、該当する文武両道の人は存在するのか、と言われると普通に実在する。

  • 京都大学でインカレ3連覇して日本代表
  • 早稲田大学で関東優勝
  • 大阪北野高校でラグビー全国大会に出て早稲田大学へ
  • 慶應大学でインカレ優勝

これだけいる。もちろん早慶の人間は推薦ではなく受験である。なお、早稲田のテニスサークルには県大会個人ベスト4とか普通に何人もいる。東大や京大に運動ができる人は沢山いる。京大アメフト部が一時期全盛を誇ったこともある。

 

このレベルじゃ話にならない、やはりプロにならないと。

と言われてしまうと残念ながらほとんどの人が対象外になってしまうのだが、そうすると下関国際高校自体もプロ野球選手いないんだから同じだよね、と言い返したくもなる。

 

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文武両道の人は集中力がある

「無理です。『一流』というのは『一つの流れ』。例えば野球ひとつに集中してやるということ。文武両道って響きはいいですけど、絶対逃げてますからね。東大を目指す子が2時間の勉強で受かるのか。10時間勉強しても足りないのに」

別にお金がもらえる訳でもないのに、ただ単純に強くなりたくて部活動を一生懸命にやる。

そのこと自体は素晴らしいことだと思うし、そのときに得た経験は将来の糧になることは間違いないであろう。

残念ながら私自身は早慶クラスではあるが、運動は団体戦県大会ベスト8が最高なので、この定義では二流の人間である。勉強もスポーツもソコソコの人間なのである。

中学時代、10月まで部活動で学校以外の勉強時間なんて3時間程度でも早稲田の附属なら合格できた。さすがに冬休みは7時間くらいは勉強したが…

高校受験程度であれば、各部活でのレギュラークラスが引退後に一斉に勉強を始めてもトップ校に合格できる。実際に、わたしの中学にはそんな人材がザラであった。

運動をやる時間、勉強をする時間をきちんと区切りを付けて実践すればよいだけである。また、勉強にも体力が必要なので、運動によって基礎体力を付けておくことも大切であろう。

甲子園に出る、そのための努力が並大抵のものではないことは分かる。が、それは勉強しないことの言い訳にはならないし、他人を貶めるようであってはならない。

 

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運動経験者と収入の関係

中学・高校での運動経験者と収入の関係を綴った論文もある。

基本的には、運動経験者ほど高収入である、との結論である。

学高校時代における運動部活動経験と年収 – 日本運動疫学会

 

アメリカでも似たような論文が発表されていたのを目にしたが、残念ながらすぐには見つからなかった。

単に勉強だけをしている人よりも部活経験者の方が収入が高い傾向にあるのだ。

この中で、運動でもある程度結果を出している人がいれば、やはり文武両道といえるのだろう。

 

なにか一つのことだけに集中して一流を目指すのもいいが、複数のことに手を出して、精神と肉体の両方を鍛えていくことが今の世の中に求められている人材であると思う。