【読書】希望の糸(東野圭吾)

久々の加賀恭一郎シリーズ。と言っても加賀恭一郎の出番は少なく、メインは従弟の松宮刑事。今までのシリーズでも何度も登場しては加賀に対して尊敬の念を抱く真面目で優秀な刑事。微妙なコンプレックス。そんな彼が被害者が関係する生い立ちの事件を追いながら、自らの生い立ちも突然追いかけられる、人の生い立ちを巡る物語。

加賀恭一郎シリーズは、探偵ガリレオシリーズと異なり、トリックや謎解きよりも人情的な背景が重視されるシリーズだ。『麒麟の翼』、『赤い指』、『祈りの幕が下りる時』など、いずれもトリックよりも殺人の背景にある重厚な人間関係や感情が心を震わせる名作だ。特に映画版『祈りの幕が下りる時』における松嶋菜々子の演技は素晴らしかった。

今回のテーマは親と子。それも遺伝子上の親育ての親

生みの親か育ての親か、というテーマであれば「カッコウの卵は誰のもの」ですでに描いており、素材は遺伝であるが、その素材が開花するかどうかは環境で決まるという結論になっており、おおむね同意できるものだった。

また随分と深くて触れにくいテーマを選んだものだが、不妊治療や体外受精が普及し始めた現代ならではのテーマなのかもしれない。

しかし、人間はミスをする生き物である、という前提に立って様々な業務フローを組み立てている側からすると、今回のような偶然は果たして本当に起こりえるのだろうか。いや、たしかに絶対はない。だからこそ黙っていて明るみに出ていない、ということなのだろうが、ちょっと流石に唐突すぎるというか確率論的に「ないかな」と感じた。

もし、自分の子だと思っていたのが、どこかの段階で遺伝子的には自分の子ではない、と知った時にどんな感情になるのか。こればっかりは経験したことがないので想像の世界でしか分からない。世の中に正解はないのだろうが、この物語に出てくる父親のような態度が取れるだろうか、自問自動してみるも、明確な答えは出てこない。ここまでセンシティブな問題は実際に目の前に振ってこないと実感が沸かない気がする。

子供が欲しいと願っても授からない人もいれば、存外に子供ができてしまって堕胎する人もいる。人生とはかくも思い通りにならないものなのか。もし神様がいるのなら、このバランスを取ってあげて欲しい。

授かった子が遺伝的には自分の子ではなかった、体外受精までして授からなかったはずなのに自分の子が存在した、という偶然に偶然を重ねた環境を超えたところでの殺人事件である。もう、感情的に何が正しいのか分からない。

確率論的にゼロではない、ということと、自分が身の回りの出来事として実感できる、というのはまったく異なるものである。今回の事件は実感できない方が強く出てしまい、後半はやや展開的に難しいものを感じた。

しかし、終盤に本書の題名である「希望の糸」という表現が出てくる。これをどう捉えるかは人次第なのであろうが、希望の糸は繋がっている。人と人の出会いに無意味なものはなく、常に先には希望の糸があるのだ、という前向きな気持ちにはなる一冊であった。

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