読書「さざなみのよる(木皿泉)」人はだれかに影響を与えて生きている

主人公の女性がガンで亡くなるところから物語が始まります。残念ながら奇跡は起こらず、入院してから少しずつ衰弱して死に向かって姿が、悲しく弱弱しく描かれます。

医師や看護師から回復に向けて治療され、家族が見舞いに来る中彼女の心の声が響きます。

みんなわからないのだ。まだ死んだことがないから当たり前だ。

言われてみるとその通りです。人は誰しも死ぬ運命からは逃げられないが、死んだことがないので死に方は分からない。

なので、みんなドラマみたいに演じているというのです。ああ、それはどうなのだろう。うん、死んだことがないから分かりません。しかし、死に行くとき気付いても、それを誰にも伝えることはできないのが残念です。

主人公の死後、視点をその残された家族や友人たちに移して物語は進んでいきます。彼女の死によって浮かび上がってくる姿や湧き上がってくる感情や懐かしい記憶たち。

人は死から逃げることはできない。いつか必ず死ぬ。ある意味、人は生まれてから死に向かって歩み続けている。

でも、人は死んでも、その人がいた記憶は周りの人に残り、意思は受け継がれていく。それは、決して大富豪であったり有名人である必要はない。無名の市井の人であったとしても、親兄弟や友人、ひと時だけ仕事で繋がった人が継ぐかもしれない。

それは、決して派手で他人の記憶に残ろうとした行動ではなく、普通に自分らしく生活しているだけで、他人に何か影響を与えることはあるのです。

自分が死んでも周りはきっと、何かを受け継いでくれる。そう思うと死ぬのも少しは恐怖心が和らぐような気がする。が、死んだことはないので分からないが、そうあって欲しいと願いたいと思うのでした。

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